●今年前半の最大の外交イベントである米中首脳会談が終了しました。これから徐々に、その内容の詳細が伝わってくると思われますが、現時点までの情報を基に、米中首脳会談の意義と、それが日本に与える影響について考えてみます。
先ず、14日に人民大会堂で行われた両首脳の会談の冒頭の挨拶で、習近平主席から「両国はトゥキディデスの罠から抜け出すことができるかどうか?」とトランプ大統領に問いかけた場面です。「トゥキディデスの罠」とは国際政治の場面ではよく使われますが、一般的な用語ではないので、果たしてトランプ大統領がその意味を理解したかどうかは疑わしいところです。というのは、習主席の発言後トランプ大統領は、この言葉に反応を示しませんでした。
トゥキディデスはBC5世紀に古代ギリシャ世界を揺るがしたペロポネソス戦争を記録した『戦史』という名の書物を書いた人物です。当時の地中海、ギリシャ世界では、強大な陸軍を擁すスパルタが覇権を握り、それに対抗して、海上交易で経済力をつけたアテネが新興国として、スパルタの地位を脅かしていました。スパルタはペロポネソス同盟を組織し、アテネはデロス同盟を作り、最初に攻撃を仕掛けたのはスパルタ側です。
その理由は、このままでは海上交易によって栄えた新興勢力のアテネがいつかスパルタの覇権を脅かすのではないかとの恐怖がスパルタ内にあったからです。緒戦は「スパルタ教育」によって鍛え上げられたスパルタ軍が優勢で、アテネ軍は市民とともに城塞に籠って籠城戦を展開します。この時、城塞内に疫病が流行り、アテネ軍の戦闘力は低下しますが、市民の徹底抗戦の声に押されて、指揮官は早期の和平を拒否して戦いは長期化します。
結局、アテネは敗北し、その後アテネ内で戦争責任を追及する裁判が始まり、ここで有名な「ソクラテスの弁明」の場面があります。
●こうした歴史を踏まえて、ハーバード大学のグレアム・アリソン教授が2010年代に「トゥキディデスの罠」との用語を生み出し、覇権国の米国と新興国中国の衝突の可能性について論文を書いたことから、この言葉が国際政治学者の間で有名になりました。
中国の研究者によれば、習近平主席が「トゥキディデスの罠」の用語を使ったのは、今回が初めてではなく、2024年11月、ペルーでのAPEC会合でのバイデン大統領との首脳会談での席上でも、発言しているとのことです。中国としては、米中の関係は大国同士の関係で、米国が新興国中国の発展を恐れて軍事的な緊張関係をこれ以上強めることのないよう忠告したのでしょうが、ペロポネソス戦争の結果は、前述したように、覇権国スパルタが先制攻撃を仕掛けた結果、新興国のアテネは戦争に敗北しました。その後、アテネは、再び経済力を強めて復興を果たし、
スパルタは、エーゲ海の覇権を握ることによって経済的に栄えたものの、それがスパルタの質実剛健な国民気質をむしばみ、やがて没落への道を辿りました。これが歴史の流れです。
●日本の高市早苗総理が、15日夜、北京からワシントンに帰る機上のトランプ大統領と15分間電話で、米中会談の内容について意見交換を行ったことが報じられています。特に、台湾問題に関してトランプ大統領がどんな発言をしたかは、現在の高市総理にとっては一刻も早く知りたいところでしょうが、トランプ大統領の答えは、おそらく、「まだ何も決めていない。これから中国の出方をみて決める」との内容であったと推察されます。しかし、大統領はその後の米国FOXニュースのインタビューで「台湾への武器売却は良い交渉材料だ」と述べています。
この発言は、日本の外交当局を青ざめさせたに違いありません。米中首脳会談で習近平主席は「台湾有事の際に米国はどうするのか?」と不躾な質問を発し、トランプ大統領は「その問題については話さない」と述べたそうですが、それなら、武器輸出についても「None of your business(あなたの知ったことではない)」と答えるべきだったと日本の外交当局は考えているはずです。
●現在の米中と日本の関係は、日本が「東アジアのイスラエル化」しているというのが、最近の中国の見方です。これは習近平主席のブレーンとみられている香港中文大学教授の鄭(てい)永年(えいねん)氏が最近唱えていることで、イスラエルが、米国をたきつけてイランに侵攻させたように、日本は中国への対抗上、東アジアに米国をつなぎとめようと必死になっている姿と軍備増強に血眼になっている様相を揶揄した表現です。日本にそのような意図が無いことははっきりしていますが、
中国が東アジアにおける日本の存在を中東におけるイスラエルになぞらえていることは認識しておかなければなりません。日本にとって必要な行動は、トランプ大統領に対して東アジアの安全保障環境の丁寧な説明を行うことと、東アジア諸国との連携をこれまで以上に強固にすることです。
習近平主席がトランプ大統領に発した「どうしたらトゥキディデスの罠から脱することができるか?」との問いかけは、同時に日本にも向けられているのではないかと考えます。紀元前5世紀のペロポネソス戦争でも、戦火はスパルタとアテネだけにとどまらずコリントス、シチリア、ケルキュラといったエーゲ海全域の都市国家に及び、これらの国々は長く続いた戦争で多くの犠牲者と経済的な損害を被りました。グレアム・アリソン教授の研究では、覇権国と新興国の争いを歴史的に調べると、両者の緊張が高まった16件中、戦争になったのは12件、
75%だったそうです。米国と中国の関係が、戦争にならなかった25%の例として歴史に残るよう、日本の努力も必要だと痛感しました。
前衆議院議員 海江田 万里



