2026・07・20 海江田万里
「皇室典範等の一部を改正する法律案」は7月10日の衆議院本会議で、17日には参議院本会議でそれぞれ採決が行われ、いずれも賛成多数で可決成立しています。
衆議院の採決は起立採決のため、賛成・反対の人数ははっきりしませんが、少なくとも共産党の4人と、れいわ新撰組の1人は議席に座ったままで反対の意思表示を行い、野党第1党の中道改革連合の議員のうち4人は採決の前に本会議場を退席し、採決に加わりませんでした。
参議院本会議の採決は押しボタン式のため、賛否の数が明白で、賛成184票に対し、反対は57票でした。
日本国憲法は第1条で「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とあります。このことから、今回の「皇室典範等の一部を改正する法律案」の国会提出から採決に至る過程で、先ず、主権者たる国民の負託を受けた「立法府の総意」に基づいているかが問題になります。
上記の衆議院、参議院の採決の結果を見ても、残念ながら、今回の「皇室典範等の一部を改正する法律案」は、「立法府の総意」とは言えない結果に終わってしまったと考えられます。
ちなみに、2017年の天皇の生前退位を定めた「皇室典範特例法」の採決は、衆議院では自由党が棄権、当時野党第1党であった民進党、与党の自民党でもそれぞれ1名が棄権し、無所属の3名は反対していますが、それ以外の議員は賛成しています。参議院では自由党の2名が棄権した他は全員が賛成しています。
7月15日の党首討論で、立憲民主党の水岡代表から「立法府の総意」の意味を尋ねられた高市総理は、「1人でも反対がいれば総意ではないのか」と反論していましたが、これと今回の衆参の本会議の採決、とりわけ参議院の採決に現れた反対票は意味が違います。
高市総理は、かねてから「国論を二分する案件に答えを出していく」と発言していましたが、その最初の「成果」が「皇室典範等の一部を改正する法律」であったのなら、それは重大な間違いです。皇室典範の改正は、皇室の在り方だけでなくこれからの日本の国のありように大きな影響を与えます。
高市総理が今回の皇室典範改正に向けて暴走とも思える行動に走った背景には、もちろん今年2月の総選挙での大勝を受けてのことです。
私自身、2021年11月から2024年10月まで衆議院副議長をつとめ、この間、2022年1月に細田議長と共にこの問題についての議論を始め、特に2023年11月からは額賀議長と共に、本格的にこの問題に取り組む過程で心がけたのは、まさに「立法府の総意」をどう取りまとめるかでした。
当時は、国会の各党各会派の議席数が現在とは異なっていましたが、党・会派の数が13ある中での「立法府の総意」の取りまとめには大変な困難が伴いました。その中で、取りまとめ役として心がけたのは、最終的に一人でも多くの国会議員の賛同を得られるよう、丁寧に議論を進めたことです。
「焦らず、しかし、諦めることなく議論を重ねよう」というのが当時の私のモットーでした。この思いは衆議院の額賀議長、参議院の尾辻議長、長浜副議長も同じで、忍耐強く意見の集約に向けて議論を積み重ねました。
その中で、やはり一番の議論になったのは、2021年12月の有識者会議の報告にあった、皇族数の確保に関する第2案、つまりこれまでは禁止されていた皇族の養子について、これを認める考えでした。
当時は、衆議院、参議院における野党第1党は立憲民主党でしたから、先ず、自民党と立憲民主党の合意が得られることが大事と考え、両党の代表者、自民党は麻生太郎元総理、民主党は野田佳彦元総理両氏による水面下の話し合いを要請し、実際に何度か行われました。
しかし、この話し合いでは妥協点が見いだせないまま、岸田総理が2024年9月に予定されていた自民党の総裁選挙に出馬せず、内閣総理大臣が替わるため、岸田総理の在任中にこの間の会議の中間的な取りまとめを行おうと、衆参の正副議長で「中間報告」を岸田総理に提出しました。
「中間報告」の肝は、以下の記述にあります。
「(2)女性皇族の婚姻後の皇族の身分保持については、喫緊の課題として認める方向でおおむね共通認識が得られたのではないかと思料いたしますが、女性皇族が結婚された際の配偶者・子の身分については、様々な意見が述べられました。
(3)皇統に属する男系男子を養子に迎えることについては積極的な意見も多く述べられましたが、反対論もありました」
特に(3)の記述です。この報告は衆参の正副議長の名前で立法府の総意に向けた「中間報告」として発表されますから、私は特に(3)の部分の書き方に注目しましたが、「反対論」の存在が明らかになっているので、これを了承しました。
つまり、反対論があるということは、「立法府の総意がまだ得られていない」ということです。
私が衆議院の副議長として直接かかわった立法府の意見のとりまとめに関しての作業はここまでで、その後石破内閣による解散・総選挙があり、衆議院議長は額賀氏がそのままでしたが、副議長が玄葉光一郎代議士に替わりました。
参議院の正副議長はそのままで、その後、2025年7月の参議院の通常選挙で、関口晶一議長、福山哲郎副議長に交代しました。石破首相の在任期間がほぼ1年と短かったこともあり、皇族数の確保のための議論は、大きな進捗はありませんでした。
2025年10月に高市政権が誕生してから事態が大きく動きました。
特に2026年2月の総選挙で自民党が316議席を獲得し、これまで野党第1党だった立憲民主党が衆議院では公明党と一緒になって中道改革連合を結成し、しかも選挙で大敗したことが契機となり、さらに衆議院議長が自民党の森英介氏に替わったことも議論の進捗に拍車をかけました。
森英介議長は人格円満な方で、私も個人的には尊敬している代議士の一人ですが、自他ともに認める麻生太郎元総理の最側近です。森議長、石井副議長、参議院関口議長、福山副議長の4者の「とりまとめ案」が衆参の各党会派の全体会議で「立法府の総意」として承認されたのは2026年6月10日のことですから、高市内閣が発足してから4か月、総選挙後のメンバーで最初の全体会議が開かれてから、わずか2か月で、「とりまとめ」が決定されたことになります。
2024年9月の「中間報告」まで2年以上をかけてこの問題に取り組んできた私としては、あっという間の「とりまとめ」で、そのスピードに驚きましたが、さらに驚いたのはその内容です。
「とりまとめ」では、以下のように記されています。
「有識者会議がとりまとめた報告書の第1案及び第2案は、いずれもこれを了とし、このとりまとめを基に法制化することを求める」
2024年9月の「中間報告」の議論の方向は、婚姻後の女性皇族が皇族として残ることはほぼ立法府の総意であると考えられましたから、私の理解では、今後、婚姻後の配偶者、子の身分に関する議論を進め結論を出し、それから反対論がある皇族の養子に関して議論を深める方向性が示されるものと考えていました。
それが今回の「とりまとめ」では、婚姻後の女性皇族の配偶者、子の身分に関する議論に触れないまま、皇族の養子について結論が出されていたのです。
しかも、その後に政府から出された「皇室典範等の一部を改正する法律案」では、養子となった男系男子は、皇族となることが明記されています。そして、その後の国会答弁でも官房長官は、「養子と配偶者の間に生まれた男子は生まれながらにしての皇族だから当然,皇位継承権がある」と答弁しています。
この点に関して、「国会では皇位継承については議論してこなかったから政府の国会無視の独断だ」との指摘がありますが、男系男子の養子を認めてしまえば、理論的にはその子に皇位継承権はあるのが流れですから、ここはやはり皇室典範でこれまで禁止されていた皇族の養子を認めるかどうかが最重要な問題でした。
なお、今回の皇室典範の改正については附則で、「必要があると認められるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする」と将来の見直し規定が書き込まれ、養子縁組に関しては「必要があると認められるときは、30年ごとに見直しが行われる」となっています。
皇室の問題を考えるにあたって、「静謐な環境の下で」、「政争の具にしない」との暗黙の了解のもとに議論してきたことがかえって、国民の理解の妨げになり、選挙で大勝した高市政権が奇襲攻撃とも思われるような手法で法改正に突き進んだことは、歴史の法廷で厳しく断罪されるべきだと考えています。


